第3回 第1学年 1棟31室(1)

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31室の机で予習中

戸山中学のクラスメイトで「秋川高校一問一答」という小冊子を持っているのがいた。「ちょっと貸してくれよ」といって家に持って帰り、父親に見せた。するとおやじが「高校は全寮制がいい」といいだした。私だっておぼろげながら旧制高校のバンカラなイメージに憧れ、他の連中とは変った高校生活をしてみたかったには違いないが、どうしたらいいか迷ったので相談したのだった。
しかしことは即決された。こうなれば私も男だ「行くぞ」と決意を新たに受験した。
 秋川高校の開校は昭和40年である。当時の東京都教育長小尾乕雄氏により全寮制高校の必要性が提唱され、戦後唯一の公立全寮制高校が具体化された。
 教育目標は「心身ともに健康でたくましく、たえず自己の向上に努力し、社会の発展と日本文化の創造に寄与できる自主独立の人材を育成する。」とある。

私が入学したのは昭和42年で、この年の新入生は233名。これで高校はようやく3学年がそろった。校長は井上義夫氏だった。
4月8日(土)の入学・入寮式の日は、晴れ渡った青空が強烈な印象として残っている。真新しい教室に自分の名前を見つけ、何やらこれからの期待と不安が入り混じった複雑な心境で、うれしさとは違ったものだった。

寮は玉成寮といって、第1棟から第3棟まであり、それぞれ学年ごとになっている。寮名は東京大学の宇野精一教授による。「玉」は西多摩の「多摩」に通じ、かつ、玉のように立派な人物を育てるということからきている。

戸山中学から秋川高校に入学した仲間たち(渡り廊下にて)

戸山中学から秋川高校に入学した仲間たち(渡り廊下にて)

私は第1棟の31室に入った。1室が8人部屋で4人ずつに区切られ、勉強机とベッドが分かれて備えられている。