カテゴリー別アーカイブ: 書評

『神とともにある生活―キリスト教典礼の内的風景―』石井祥裕著

《信徒の神学者である著者が、洗礼式、堅信式、ミサなどの典礼の歴史や意味を通して一般信徒向けに「キリスト者となるプロセス」を解説する。第二部では「復活の聖なる三日間」を中心とする教会の典礼暦について、やはり歴史を踏まえながら現代的な意味に言及する。》
「カトリック新聞」〈四旬節にお勧めの本〉

『神とともにある生活―キリスト教典礼の内的風景―』石井祥裕著

《第二バチカン公会議によって種々の刷新が行われたが、その中でも顕著なものは「典礼刷新」。具体的には、典礼祭儀が各国語で行われるようになったこと、信者たちの行動的参加、本来の形に立ち返った共同体的な礼拝行為などがある。歴史的な歩みや内容を十分に踏まえながら、著者自身の体験を交えて、典礼をより身近なものにしていく。本書には、典礼が自己のライフスタイルと合致しているものを感じる。》 「家庭の友」(サンパウロ)2006年3月号

『沖縄・雲に魅せられて―虹のアーティストのつぶやき―』喜屋武貞男著

[沖縄へのこだわり 県2世 喜屋武さん半生を出版]
《県出身二世で大阪出身の喜屋武貞男さん(七〇)=千葉県柏市=がこのほど、半生記『沖縄・雲に魅せられて』(パピルスあい発行)を出版した。
両親が沖縄市泡瀬出身の喜屋武さんは、東京芸術大卒業後、東京都区立中学校、千葉県立高校で美術教師を務め、一九九六年に定年退職。沖縄の雲に魅せられ、作品を彫刻から絵画に変え、沖縄にアトリエを構えた。現在は年四回ほど南風原町のアトリエで制作を続ける。
沖縄へのこだわりや美術教師時代の生徒たちとの交流、退職後も生涯現役として取り組む様子を芸術家らしい視点でまとめている。二十一世紀に羽ばたく人たちのヒントになればと喜屋武さん。二十七日に東京都千代田区の霞山会館で出版祝賀会が開かれる。》

「琉球新報2006年1月25日付朝刊(東京)」

『沖縄・雲に魅せられて―虹のアーティストのつぶやき―』喜屋武貞男著

[第2の人生、身軽な「渡り鳥」]
《千葉県柏市に住み地元高校でも教壇に立った元美術教師が、自らのルーツや芸術活動の足跡を記した著書を、このほど出版した。七十歳で柏と沖縄を往還し活動するアーティストだ。
著者は喜屋武貞男さん。県立我孫子高校に十二年、同柏高に十三年勤めた。柏高では美術授業を「改革」。生徒が卒業後も油絵や絵の具を教室に残して室内を占有したり、資源が無駄になっているのは問題と、持ち帰りや残存画材の使用を徹底。学期末の批評会などで生徒の関心も引いたという。
従来彫刻中心に活動し柏駅商店街や公園などでの作品も手掛けたが、一九九六年の定年退職後は絵がメーン。両親の故郷、沖縄にアトリエを構え、鮮やかな色使いの絵を次々発表している。
沖縄の空に浮かぶ「雲をながめながら人間、世の中を見、生きざまを考える」という喜屋武さんは明るい。自称「渡り鳥」の身軽さは、団塊の世代の第二の人生のモデルとなるかも。》

「日経新聞2006年1月24日朝刊千葉版」

『沖縄・雲に魅せられて―虹のアーティストのつぶやき―』喜屋武貞男著

〔喜屋武貞男さん  自身の半生 空と雲に託し〕

《年に四回、沖縄と千葉県を行き来しながら作品制作を続けている造形作家の喜屋武貞男さん。このほど、自身の半生や考えをまとめた「沖縄・雲に魅せられて」(発行・パピルスあい、発売・社会評論社)を出版した。知人の出版関係者に勧められ、「挑戦してみるのも面白い」と筆を執った。
両親が沖縄市出身で、自身は大阪生まれ。東京芸大を卒業後、東京の中学、千葉の高校で美術教師を務め、定年後に沖縄でアトリエを構えた。沖縄では空と雲を鮮やかな色彩で描いている。本にはそれらの絵画や彫刻、オブジェ作品の写真も収録した。出会った人々も登場する。出来栄えに「この本で一度に僕のことを分かってもらえると思う」と手応えを語った。》「沖縄タイムス〕」2006年2月14日 朝刊13面

『近代日本のキリスト者たち』高橋章編著

《日本に渡来したキリスト教が、どう受け入れられ、拒否されてきたのか、その痕跡を歴史的に考察する。

正教会のニコライ、日本聖公会の開祖ウィリアムズ、クラークの影響を受けた内村鑑三と新渡戸稲造、教育者・新島襄、大衆伝道者として救世軍で活躍した山室軍平、デカルトとパスカルの哲学で有名な森有正、司法の世界で活躍した田中耕太郎、カトリック作家遠藤周作ら23人を紹介。
彼らが近代日本の形成とキリスト教に対し、それぞれの時代に何を考えてきたのかを探ることは、今を生きる私たちが諸先輩の意見を再考するチャンスだ。
エキュメニカルな視点で構成されており、それぞれ関心をもった人物から読んでいける入門書的な役割も果たしている。》 「キリスト教新聞」2006年・3月25日号